八丈島にブロードバンドを整備しよう!若人達が1000人以上の署名を集め活動を始めました。2,002年12月のことでした。翌年6月、ある若者がソフトバンク且ミ長 孫氏のもとに熱い気持ちを届けました。そして8月4日、ついにあの方が八丈島に来たのです。そう、あの孫正義氏が!
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2,002年12月、当店に二人の若者が訪ねてきました。一人は突然私のHPを見てメールをくれたM君。もう一人は当時八丈高校のS先生でした。彼らは八丈島にブロードバンドを整備したいという署名活動を行っていました。
当時ダイヤル回線だった八丈島。ブロードバンドどころかISDNさえ夢のまた夢。接続時間を確認しながらのネット活動は、まさに時は金なりの世界でした。
私は、そんな二人が始めた、「ブロードバンドを推進する会」に加入。ブロードバンド実現への道を探るきっかけを知る事ができました。そんな時、私と同じようにS先生の教え子Y君が島内活動を知り、とても熱いハートでブロードバンドへの道を開きました。
Y君はイーアクセス、アッカネットワークス、NTTコミュニケーションズ、NTT東日本などに、離島におけるブロードバンドの道を探りました。もちろんよい返事など来るはずもありません。彼は更にソフトバンクに熱い気持ちを届けました。そしてその熱い気持ちに応えてくれたのは、あの孫正義氏だったのです。
2,003年8月4日
ソフトバンク且ミ長 孫正義氏来島。
まるでその話は夢のようなお話でした。
東京島嶼ブロードバンドを進める会、ブロードバンドを推進する会、そしてY君。私たちはその前夜、孫氏にどのようなことを訴えるべきか考えました。このチャンスを逃したら二度とブロードバンドへの道はありえない。そんな緊迫した前夜でした。
開口一番、孫氏は、「ブロードバンドへの約束をしてくれました。」
えっ、もう決まっちゃったの!
NTTには何億もかかると、誹謗された夢が・・・
具体的な八丈島ブロードバンドへの道。 ユニバーサルの必要性。孫氏の言葉一つ一つに会場の若者は吸い込まれるように引きつけられました。
同行してくれた、鬼頭さん、そしてその後大変お世話になりました春日さん。
この日が始まりだったのですね。
講演終了後、フリートークに。
「子供達のために、ぜひお願いします。」と訴える私と握手を!
私にとって、とてもよい思い出になりました。
全員で記念撮影。
孫氏の隣、青いシャツが私です。
その後、活動は「八丈 島おこし実行委員会」に引き継がれ、2,004年3月、ついに八丈島にブロードバンドが整備されました。
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